「岳飛伝 十一 烽燧の章」を読んで

BOOK

おはようございます U-style です

 

以前、尊敬している経営コンサルタントの方が北方謙三さんの楊家将〈上〉 (PHP文庫)を勧めていて

それ以来すっかり北方さんの歴史小説にハマってしまいました

 

昔の職場でお昼休みは北方小説を読むルーティンで、

楊家将、血涙、水滸伝、楊令伝と続き、岳飛伝まできたところで一旦ブランクがあったのですが、

今、再び岳飛伝を読んでいるところです

 

とにかくめちゃくちゃ渋くてかっこいいのですが、

そんな中にも静かな怒りというか、青い炎が燃えているそんな小説です(表現が稚拙!笑)

無数の登場人物の立場に立ちながら紡がれる歴史の流れは圧巻です

食事の表現も最高においしそうに描かれています

 

今回は岳飛伝 11 烽燧の章 (集英社文庫)からのご紹介ですが、

あらすじ紹介も行いませんので完全に自分用のメモでしかないです笑

以下に引用と感想を記します

 

商人にとっては、時を縮めるのは、多分、意味のあることなのだろうが、軍人は、どれだけ時をかけるかだろう、と岳飛はその時、思った。

国のあり方を描く中で、商人の重要性がだんだんと描かれるようになってきました

そんな中での軍人との違いをしみじみと感じる岳飛

なかなか深い考察と思います

 

限界があるものは、人をむなしくさせる。

岳飛に向けて李俊がはなった一言

戦の限界についてだが、そこには戦以外の全てのことに関して放たれている気がします

 

「商いというのは、戦と同じだ。滅多に人が死なないところが違うが、つまり生きものだ。二度、商いをやると、二度目は前と同じだと思うやつがいるだろう。そういうやつは、戦では死ぬことが多い」

史進が蕭炫材に言った話ですが、蕭炫材の感想にもあるように史進が言ったことが意外です

 

ところで、風玄殿、言葉を崩さないか。

北方水滸ではよくあることなのですが、男同士がタメ口で話すようになる瞬間の描写が何とも言えずかっこいいのです笑

基本的にみんな礼儀正しいので初対面はちゃんと敬語ですが、このように提案する時がグッときます

 

「自分が思った通りに、生きて生きて、生ききる。人間が志を全うするというのは、そういうことだ。替天行道の志は、人間らしく生ききることを、ただ言葉にしたのだと、俺は最近、思うようになった」

李俊が秦容に向けた言葉

ストレートでありつつも深く、そして李俊が言うことで切なさもある、そんな言葉です

 

祖国は、替天行道という志です。

梁山泊の人間の考え方を蕭炫材が考察した場面

替天行道についてはとても私が語れるようなものではないので、水滸伝から確認をお願いします笑

 

男が、自分が男だと思って、生きていられる。

このようなどこか青臭い言葉が語られることにグッときてしまいますね

 

「さまざまな価値が交錯し、ぶつかり合っております。それが、乱世というものでありますから」

戦だけでなく、商売などもそうであるが、何より人がもっている価値観がぶつかり合うことがそうなのかもしれませんね

現代についても考えさせられる言葉です

 

考え抜けば、正しいものが見つかるというわけではないことが、わかってきた。正しいものは、自分で作ればいいのだ、とこのところ思っている。

秦檜の考え方が少しずつ変わってきた中での心の描写

この考え方にもハッとさせられました

正しいものは、自分で作ればいいのだ

 

中盤から終盤に向けての一人ひとりの心が整理されていく途中経過という感じの本作

これからも目が離せませんね

オススメは楊家将〈上〉 (PHP文庫)から読むとこですが、何しろめちゃくちゃ巻数がでているので、

岳飛伝から読み始めても楽しめるかと思います

是非読んでみてください

 

(本は何でもそうですが、やはりストーリーの文脈で読み取るものと、

このように抜き出して読み取ったものでは感じ方が変わりますね

なおさら本作品をお手に取ることをオススメします)

 

 

ありがとうございます